コートを褒められたので少々お洋服に関して書いてみることにする。
現状の身分ではテーラードを身につける必要も必然もない。またそれらを身につけることは、立派に見えすぎ、逆効果に働くこともあるかもしれない、という感覚もある。そもそも現在ではまったくお金がないので、洋服を買おうという気には全くならない。
だが、お金がある程度あった時期には結構こだわって洋服を揃えた。その感覚が残っていた最後のころに作ったのが、ビンテージ生地を使用したシングルチェスターフィールドコートである。このコートは事あるごとに褒められることが多かったのだが、ついに身内以外に褒められてしまった。
コートの構造はシングルチェスターフィールドを少しカジュアルにしたもの。ポケットはフラップ付きになっており、左胸にはチーフ用のポケットが切ってある。袖口はスーツと同じような開き見せの4つボタンが付いている。フロントはスーツとは異なり比翼仕立ての3つボタン。襟はピークドラペル、フラワーホールも付いていてゴージ位置はやや低め。これはコートの中でもっとも格式が高いデザインであって、燕尾服やモーニングのレベルの礼装をする際に用いるコートはこのチェスターフィールドが望ましい。コートはあくまでも寒さ凌ぎの衣類であるので格式のヒエラルキーはそこまでシビアではないのだが…。
なおこのチェスターフィールドは少しカジュアルにしてあるといったが、本当の格式あるチェスターフィールドは色は黒、チャコールグレイなど無地、生地はメルトン、黒ベルベットの拝絹が付いているのが本式である。ダブルもシングルも格式としては同じ。ただしシングルは比翼にするのがセオリーで、比翼でないシングルではチェスターフィールドとしてのアイディンティティは弱くなってしまう。
このコート、ビンテージ生地を使用したと言ったが、それはスーツ用のイギリス製のストライプ生地である。グレイベースだが紺やオレンジなどの色が混ぜ込んであり、ちょっと深みがある。また色を拾うのも割と簡単。と同時に拝絹を共地にしてフォーマルになりすぎないようにしてある。
フィッティングは下にスーツを着ない状態で着て最良になるように狙ってある。ただしコートを引っ掛けているだけ、というニュアンスも欲しかったので、あえてぴったりにはしていないし、袖の太さもコートそのものにしてある。着丈は膝上でチェスターフィールドとしては妥当なもの。
このコートが褒められる事が多かったのは、その誰でも理解できるデザインセンス。シンプルにして格式の高いデザインをとり、生地の奇抜さを緩和できている。生地は現代にあっては奇抜だが、昔の仕立て服を見て来た人にとっては安心できる色柄のようで、祖母などには大ウケだった。加えて意外に誰が着ても悪目立ちせず、昔の色柄の懐の深さを感じる。さらに、コートのイメージを損なわないフィッティングを守ると同時にクラシックで正当なデザインを自分の背格好に落とし込んだので、細身のジーンズを合わせてもツータックの太めのスラックスを合わせても破綻しない(とても立派に見えるらしい)。このコートは作ってよかったと思う事が多い。