現状の研究興味 (研究室外のテーマ)

嗅覚情報をコンピューターで取扱いたい。匂いの認知、知覚を再現したい。どのようにしたらこの系を構築できるであろう?そもそも現在までにいろいろの情報を集めてきた。香りとは何なのだろうか?

自分のそもそもの根底にある技術ベースは理学の化学、それも有機化学である。調香も勉強をした。学生の頃に打ち込んだのはホストゲスト科学だった。

ホストゲスト科学はその時点においては、そこまでの実用性はないものだった。ある程度のパースペクティブ(将来的な化学という領域の進むべき方向性への俯瞰)をもたらしたが、ホストゲスト科学をベースにして工学的な応用を検討するとか、その挙動に関して物理化学的な手法で定量化し、ホストゲスト挙動に対しての理論的検討を行うとか、モデル的なホストゲスト科学の理論研究・実験を通じて生体の分子挙動を解釈・シュミレートするとか、そのような広がりはなかなか構築されなかった。

たとえば計算化学は有機化学における素反応の解析や光化学挙動について一定の解釈を与える働きをしたが、ホストゲスト科学に対してはあまり実用的な考察の道具にはならなかったように思う。その理由は、計算化学は量子化学的な計算と、分子動力学のような古典的物理化学から成っている、しかしホストゲスト科学は、分子が巨大(生体のホストゲスト科学はタンパク質であるのでより巨大)で、溶媒環境中での挙動を検討してゆかなくてはならない事から、量子化学に基づく計算化学が困難。また分子構造を考えたうえで、共有結合のような相互作用ではなくもっと弱い相互作用を検討してゆかなくてはならない事から、分子動力学的な手法では答えが出しにくいテーマであったと言える。このために、ホストゲスト科学は自然科学にテーマを投げかけはしたが、あまり大きな科学的成果や技術シーズには繋がらなかったと言えるのではないだろうか。

香りの受容メカニズムにおいて、嗅覚細胞上の嗅覚受容タンパク質(哺乳類の場合はGPCR)は動物種によって異なるが、10-1000種類くらい存在している。それに対して香気分子種は10000種以上(要出典)といわれている。このたんぱく質の香気物質に対する選択性は、ある程度の選択性を持っているものの、フェロモン~フェロモン受容タンパク質ほどの鋭敏な選択性を示すわけではない。これはホストゲスト科学でもよく見られる傾向で、低分子量の化合物・水素結合部位の少ない化合物においては、選択性の低い包接挙動しか観測できなかったりする。香気分子は低揮発性でかつ疎水性であるので当然選択性は低くてしかるべきであろう。だがそれでも、嗅覚受容細胞は応答し、信号を発し、複数の経路から得られた信号アレイは脳内で処理され、香気の認識・知覚となる。このような実際の生物の挙動を解釈する際に、香りの科学をやってゆく上で、このホストゲスト科学を意識することは解釈に近づく一歩になるのではないか、と考えている。

現在考えていることとしては、純粋な理論だった化学とは異なる方向からアプローチする事を考えている。塩基配列などの生体情報から、何らかの結論をマイニングして来るような、バイオインフォマティクスのようなことが出来ないかと考えているのである。それは化学インフォマティックスのような名前であろうと思う。そしてこれらの技術基礎は従来より行われてきた古典的な化学情報学の手法に立脚するものの、為そうとしていることは情報の整理・統合環境づくりというよりは、その集積からのマイニングになる。これまで化学情報学においてマイニングという言葉が出てきたことはほとんどなかった。しかしながら、このマイニングという観点からソフトウェア上に研究を組み立てられないか、と考えている。

このマイニング系で嗅覚のコーディングを解析できないかと考えている。化学情報学的な表記方法で香気分子の構造やタンパク質の情報を記述して評価する。今回この方法が使えるかもしれないと考えたのは、嗅覚受容タンパク質の構造が一連のファミリーになっていて、受容後の細胞内メカニズムの類似性も期待できたからである。

なおこのマイニング系の有用性が確認されれば、製薬におけるフラグメント~生体活性などもある程度の情報の蓄積から判断できるようになるのではないだろうか?製薬における薬理受容体はGPCR群であり、薬理フラグメントとGPCR系タンパクの構造の相互作用係数の相関が明確になれば、ターゲットGPCRから薬理活性な分子デザインへと繋げていけるかもしれない。もちろんマイニング材料に量子化学計算の結果や分子動力学法による結果も含めることで、より高い精度のマイニングが可能になって行くとも思われる。

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