香りの送受信

現在のところ、匂いに関してはかなり高精度な科学的評価が出来るようになった。これは分析機器、特にGC/MSの精度が向上したこと、香りの捕集技術が向上したことによる。とはいっても、分析によって得られた情報が正しいわけではない。サンプルの前処理によっても変わるし、酸化や光・熱による劣化・異性化なども考えられるし、第一にGCの分析精度が向上したとは言っても、検出限界以下でありながら香気に強く寄与している特異成分というものもたくさんあるからだ。つまり、分析技術の向上によって、何かの目標とするにおいに似た香りを作ることはかなり楽になったといえる。しかし、本当にリアリティのある香りを作ること、魅力のある香りを作ることは人間の感性に頼らなくてはならない、というのが香料業界や調香士たちの考えである。

だが、匂い・香りに対して他の人々も並々ならぬ興味を持っているのも確かで、機械によって精度よく匂いが評価できないかとか、公共の建造物やオフィスでその時々の心理状態に適合する香りを流すことは出来ないかとか、インターネットでマルチメディアを送受信するかのように香りを送受信できないか、という工学的なアプローチ1)も為されている。

例えば東工大の中道准教授2)はインターネットでマルチメディアを送受信するかのように香りを送受信できないか、という工学的な研究をしている方の一人である。そのレビューの冒頭に「…食品飲料化粧品等の分野では香りを計測したり再現する方法が求められている。匂いの種類を識別したり匂いの強さを計測する匂いセンサーに関しては二十数年の研究の歴史があり、一部実用化されている。一方で香りを発生してユーザーに提示する装置を嗅覚ディスプレイと呼ぶ。嗅覚ディスプレイの歴史はまだ浅く研究者人口も多くはない。さらに匂いをセンシングして記録し、その匂いを再生するシステムを匂いの記録再生システムという。本稿ではそれらの中で匂いの記録再生システムを紹介する。匂いの記録再生システムの中では匂いセンサーと嗅覚ディスプレイの両方を用いている。…」3)と紹介している。彼のアプローチはまさに、インターネットでマルチメディアを送受信するかのように香りを送受信できないか、という工学的な課題そのものであって、これの実現というのはかなり高度で難しいだろうなぁと思うのだけれども、なかなか興味深い。

香りを送受信するために必要な技術は何なのかというと、
• 匂い(種類・強さ)を計測する匂いセンサー
• 香りを発生させる装置;嗅覚ディスプレイ
である。それぞれに研究はなされているが、どうしたら人間の感覚に近いセンシング、ディスプレイングが可能なのかという問題になると難しい。これらが本当に機能するとき、完全な匂いのデータ化された記録と再生が同時に実現することになる。
どんなに訓練された調香士でも嗅いだ匂いの全てを香料原料で再現できるわけではない。もちろん香水だったり、石鹸だったり、ジュース用フレーバーだったりといったものは、元のレシピに限りなく近いものを再現することも可能かもしれない。だがふいに漂ってくる自然の花の香りを再現したり、焼き鳥や鰻の匂いを再現するとなると難易度は一気に高くなる(もちろん天然から抽出した香りは結構それに近いものが取れる)。

おそらく、この研究分野には香気分析技術、分子生物学的な「嗅ぐ」ということに関するシステム解明、センシング技術、伝送技術、そして調香技術が必要なのではあるまいか?それらがうまく組み合って初めて香りの伝送・送受信が可能になるのではないかと考えている。(自分もまだ概論を読んだだけなので、各技術に関してもっと詳しく調べてみたいなぁと思っている)

参考

1.
(概要)超五感センサの開発最前線(2005年の最新なのでそんなにあてにならないかも)
2.
東京工業大学―中本研究室
爆笑問題のニッポンの教養 | 過去放送記録 | FILE095:「何か においます?」 | 中本高道(なかもとたかみち) | 2009年12月8日放送分
「嗅覚ディスプレイを用いた香る料理ゲーム-香りと映像の不思議な体験-」~日本科学未来館イベントレポート
|書籍|嗅覚ディスプレイ〈におい・香りのマルチメディアツール〉|フレグランスジャーナル社
3.
書籍:ヒューマンインタフェースのための計測と制御p.80-93
(そのほか)
においかぎ分けるロボット 東大開発、異臭検知に応用 :日本経済新聞

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