香りディスプレイ・プロジェクト

中本先生の香りディスプレイに大きな関心を抱いている。もともと、香りの空間への利用という分野はさまざまな機関で研究されながら、実用化された例は少ない。

例えばオフィスや店舗での香りの空間演出は意外と実用化されている。ここ数年間にわたって、アロマセラピーで利用される精油のような、香りの効果を狙った空間の香りが商品化されている。学術的にも、香りがリラックス効果や集中力アップ効果などが確認されている。実店舗やオフィスでの利用は、これに加えて「香りによる差別化」や、なじみのある香りが漂ってくることによる精神安定効果は間違いなくあるだろう。

空間演出の香りは今までに嗅いだことのある匂いや食品、植物、花の香りから選ばれ、アニマルノートやムスクやマリン・オゾニックを絡ませた香水や石鹸といった複雑な香りや、あるいは食品なら発酵臭や焙煎臭(ロースト香)のような特殊性・嗜好性の高い香りはほとんど使われていない。香りでの空間演出はある意味、プリミティブな次元にあるといっても良い。そのため、空間演出用の香気はある程度「型」が決まった状態だ。柑橘やメントールやカンファ的な香りで頭をしゃきっとさせる、とか、バラやジャスミンの香りでリッチなゆったりした雰囲気を演出するとか、目的と香りのタイプが対応している。

したがって、香りでの空間演出の香りはある程度決まった「型」の中から、ユーザーが飽きてしまわないように変化をつけながら提案をしてゆけば、ある程度のユーザー満足は得られるので派にかと思う。

しかしながら問題は二つある。
• 単純な香調はいつか飽きられてしまう。新鮮味が次第に薄まり、ユーザーが香りでの空間演出に飽きたり、そもそもの差別化効果が薄まる
• 空間演出では特殊な香りは必要ないが、香りでメッセージ発信しようとするととたんに特殊な香気が必要になる。
前者は香水が20世紀に入り一気に「グルメ化」したのと同じことが起こるのではないか?プレタポルテ・ファッションにおける流行に付随する形で多様な香調が誕生した。その影には合成香料の発達や分析機器の進歩があった。多様な香調を誕生させうる原料を供給できる化学産業が興ったし、分析器の進歩が既存香水のイミテーションを迅速化し、新香気の開発が迅速化した(と同時に迅速化せざるを得なくなった)。いずれにしても香水は安価で多様でとてもグルメになった。香りの空間演出もそれと同様に、今までになかった香調が次第に求められてゆくし、供給できなければ「空間演出」というカテゴリ自体が飽きられてしまうかもしれないと考えている。

後者は特に中本先生が本の中で書いている、香りのディスプレイである。色々な香りを発生させ、メッセージを伝えようとすることが必要である。今までの化粧品や食品ではほとんど意識の上に上がらなかった、例えば海の匂いとか、煙の燃えた匂いだとか、ゴムのこげた匂いとか、特殊な匂いが要求される。嗜好性の悪い、つまり「悪臭」も強いメッセージを持つのである。そして何より困難なのは、あらかじめ準備された香り以外の香りをディスプレィしなくてはいけない場面が出現する可能性が高いのである。

空間演出のレベルでの香り発生器にしても、香りのメッセージを再生するような香りディスプレイにしても、ある一定の原料群から多種の香りを再現できたら面白いだろうし、それをカートリッジ化すれば良いとなれば商業的に現実味がアップする。そんなことを個人レベルで、だがこの夏考えている。

(関連投稿)
aromaphilia: 香りの送受信
aromaphilia: 要素臭とは
aromaphilia: 調香に関していったいどう検出して、再現すれば良いのか?

(補足)
要素臭という考え方は実は古くからあって、その歴史を紐解いてみると結構面白い…はずだが網羅的に調べられていないので、それに関して書くのはしばらく先…

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