展示会無事終了

(1/7)横浜で行われていた展示会は無事完了した。

前回も考えていた事なのだが、少々電気系、バーチャルリアリティ系とも異なる土壌の展示会であっても研究室の研究成果を発表することで、広く技術を知ってもらい実用的な利用について異分野の人に考えてもらう事は、嗅覚デバイスの開発には重要である。今回の出展は特にアート系の人たちをターゲットとしたものであるとの事だったので、尚更である。新技術はアート、特にインタラクションアートによってその魅力が伝えられると思う。

展示会は少々わかりにくく、一般のお客さんで来てくれる人が少なかった点は残念な点だった。

だが、結構広いスペースで研究内容のポスターも展示させてもらったことは、良かったと思う。今回の研究室の展示内容は、キーボードでの演奏と香りのディスプレイ(提示)を同期するデバイスを展示した。タッチパネルで香りとキーボードからの音色を自由に選択し、演奏できる。今回はアイスクリームをテーマとした様々なフレーバーをディスプレイできるようになっている。

このアイディアを出し、作品として完成した研究室の仲間(音楽の経歴を持っている)にとっても得るものがあったのでは?と思う。同時に作品を出展することになった方々の中には、音楽をやっている方、アートのキャリアがあって映像を出展した方がいたからである。彼らに作品を見てもらうことが出来、結構ゆっくりと実際に触ってもらえたのは良かったのではと思う。

aromaphilia: 研究室として展示会出品 2013.1.05~1.07

研究室として展示会出品 2013.1.05~1.07

大学の研究室の出品に関してお知らせします。研究室的にはアート製作者の方々への技術アピールという側面があります。興味を持ってもらえるようでしたら、ぜひお知らせください。

U35 JAPAN PROJECT―U35 CREATORS JAPAN EXHIBITION http://www.japaninstitute.jp/u35jp/creatorsjapan/ (主催者)
http://yan.yafjp.org/event/event_23328 (会場)

会場; 横浜市西区みなとみらい2-3-5 クイーンズスクエア横浜クイーンモール2F
会期; 13.1.05(Sat) ~13.1.07(Mon)11時〜19時 ※一般初日は午後から、最終日は16時閉館

(やはりブログは書くものである。書いただけ自分の悩んでいたこと、悩んでいたがために思い至っていなかった事柄(主に明るい方向性)に思い至り、少し自分に自信がもてたりする。体調が悪いときに一人で考え事をする、しかもそれを書き出さない、と方法を安直につかうと、悪い方向への循環参照になってしまう。)

研究室として、嗅覚ディスプレイの展示を2013年開始直後より割とタイトに行う予定である。1月第一週の週末に横浜であるアートイベントに展示させてもらう。このイベントは若手アーティストのチャレンジ的な複合メディアを出品する場となっている。中本研究室的には嗅覚ディスプレイをマルチメディアの場で活用していく方向を持っており、この様な作品展で嗅覚ディスプレイを体験してもらうこと、知ってもらうことはなかなか重要である。

今回の展示内容は2012年度の工大祭で出典したものと基本的には同じものを展示する予定であり、その目標は音楽と香りのコラボレーションの体験にある。アイスクリーム屋さんをモチーフにした演奏システムで、香りの演出と出てくる音楽の調和を感じてもらう。香りは個々の食品をイメージするような香りになっており、自動演奏モードでは音楽の印象と合うような香り、演奏モードでは音色と合うような香りをユーザーに提示する。演奏モードでは香りの提示は楽器(鍵盤)の音の強さに応答して香りの強さも変わるようになっている。今回の展示はそこまで香りのアートとしてのすり合わせはしていない。そこまでやってしまうと香りのアートになってしまうであろうし、それをできる人間も多くはないだろう。

今回の出展においては新規展示品はなしの予定だが、今後の予定として、今回のアイスクリームの展示内容とは別のコンテンツも出品する予定である。その際にはもう少し香りの内容に関しての作り込みがなされた別のコンテンツを準備することにしている。

香りインタラクションについて少々考えてみる

要素臭開発が香りインタラクションの発展を促進すると考えている。

中本先生の研究会でのの筧さんの話は面白かった。筧さんは慶応SFCの先生で、嗅覚をテーマにしたインタラクションを作成し、それによる受賞歴などもある人。彼のインタラクション作品hanahanaは、香気センサーとセンサーアレイの情報処理を中心とした技術(中本先生も専門としている分野)が製作におけるヒントになっている。香りを付けたムエットを花瓶に挿すと花瓶の中に入っているセンサーアレイがセンシング、解析された香気パターンに応じた花がプロジェクタで映し出され、花瓶に花が咲いているような映像を体験できる。センサーはフィガロ技研の半導体ガスセンサーである。おそらく香りという言語化できないものをセンシングし、可視化するという行為、映像もまた完全な言語化はできないという点がユーザー体験として面白いのであろうと思われる。現在は慶応で研究室を持ち、指導と創作活動を平行して行っている立場にある。

センシング結果はできるだけユーザー体験を面白くさせるような方向に出力が広がるようアジャストされている。ただこの作品が内包している問題は、香りをブラックボックスとして取扱い、解析の持つ意味合、香りの持つ意味合は究極的には理解できない点にある。これは、インタラクション(=ユーザー体験)としては面白いものができる半面、香りで美を追求するとか、香りの持つ意味合いを解析しユーザーにメッセージとして提示するということはできないのである。出力されるメッセージをコントロールできない、出力されるメッセージが解釈できない、という点はクリエーターに嫌われる点になり兼ねないように思う(のだがどうだろう?)。

上田麻紀さんは香りの抽出やいろいろな香りの蒐集をインタラクションとして提案した、筧さんはセンシングを中心としたインタラクションを提案した、現状に置いてそこは別の次元のインタラクションとして解釈されている。実際、後援者たちも前者は香料会社、後者はセンサー工学であり、表面上は近そうなカテゴリーでありながら、断絶があるように思う。これは人間の嗅覚が一般人の理解としてもブラックボックスであり、有機的な結合感覚がないためである。嗅覚について、香りについて有機的な結合感覚を得ようとすると、それはトレーニングを意図的に行っていくしかない。これを積み上げて行った人間の究極的な姿は調香師なのではないかと思う。現状においては香りのアートを展開してゆけるのは調香トレーニングの習得、もしくはそれが基礎的な部分において必要であることの認識が不可欠であると思われる。

筧さん自身はこの香りセンシングインタラクションに関して続編の製作も行ったが、興味の中心からは離れているのかなと思った。最近のワークショップで用いているのは、触覚再現をしてくれるモジュール。触覚に関しては意味合いの理解が分かり、再現されるものを発信したいメッセージに近くなるようコントロールしてゆくことが香りよりは容易である。触覚(振動含む)センサー技術の向上、再現モジュールの性能向上、パソコンの高性能化、解析に必要なソフトウェアの充実と実用上の性能が確保されつつあること、これらから五感に訴えるユーザー体験を簡単に作り出すことが簡単になった。筧さんたちメディアアートの役割は、このようなインタラクションとして技術革新によって達成されたものを還元し、ピュアアートや広告、エンターテイメント(ゲームなど)のシードへと繋げることにある。

嗅覚に関して、当面の問題としては、嗅覚や香りの中身がブラックボックス過ぎ、そこにある体験の意味合いの解釈に至らず、メッセージの発信まで繋がってゆかない、と言った。かつては音楽に関しても触覚に関しても、味覚に関しても、光に関しても、「有機的な結合感覚」を得ようとすることは困難だった。しかしいずれもセンシングとそれによる数値化に基づくユーザーインターフェースが開発され、パソコンを通じてクリエーターが製作物をコントロールしやすい状況が出現しつつある。

例えば音楽に関しては、ミックスやエフェクトを作ろうとしたりSR/PAをやろうとすると、高額なアナログ機器を揃え、電子回路の技術を習得し無くてはいけなかった。だがPCの高性能化とソフトウェアの開発によりそれらは容易になった。真空管アンプシュミレータなども充実している。音とは何なのか分かって、「有機的な結合感覚」をもってクリエイトする環境が容易に入手出きるようになった。この結果としてピュアアートや広告、エンターテイメント(ゲームなど)のレベルは今後より高度になってゆくと考えられる。

同様の事が今後、音楽のみならず、触覚に関しても、味覚に関しても、光に関しても、加速する。いずれもセンシングとそれによる数値化に基づくユーザーインターフェースが充実し、「有機的な結合感覚」を得るのは容易になってゆく。例えば味覚に関しては、5味センサーが実用化され、味のクリエーションや流通している商品のトレンド解析に役立ち始めている。触覚技術の向上によってゲームへの触覚再現のクオリティが向上する、などなどのことが実現する。

筧さんはラフなものでも良いからとりあえず魅力的な新技術を盛り込んだユーザーインターフェースを開発し、クリエーターに投げたい、と「ラビットプロトタイプ」、「ちょっと突破しやすくなるようなフック」という言葉を用いて_言っていた。いずれもセンシングとそれによる数値化、パソコンを通じてクリエーターが製作物をコントロールしやすい状況を出現させることが重要である。それらをベースとしてハンドリングしやすいユーザーインターフェースを開発する。それによって、特に言語化が困難なものであればあるほど、メッセージの発信まで繋がってゆかないクリエーションに対して、「有機的な結合感覚」を得ることを可能にする、クリティカルな答えになるのではないかと思う。

IBMのトップの発言に今後5年間ほどで触覚、味覚、そして嗅覚に関するインターフェースが発達し、コンピューターの世界で取り扱われる事が加速するとある。しかし嗅覚に関して、当面の問題としては、嗅覚や香りの中身がブラックボックス過ぎる事がある。そこにある体験の意味合いの解釈に至らないのである。自分のそれに対するソリューションとしては「要素臭の開発」を提唱する。センシングや分析を「要素臭」をキーとして読み直すことによってこの様なユーザーインターフェースの開発を推し進められると思うのである。その際に必要なものとしてはやはり生物学からのフィードバックを想定している。その世界は結構目の前にあり、後は誰が為すのかという問題だけだとも思う。

1.慶應義塾大学SFC 環境情報学部 筧康明研究室ウェブサイト | Website of Yasuaki Kakehi Laboratory, SFC, Keio University
2.魔女の実験室 MAKI UEDA artist blog
3.IBM による5つの未来予測:5年後のコンピューターは「匂い」「味」「触感」に対する認識能力が向上する – japan.internet.com テクノロジー
4.The IBM Next 5 in 5: Our 2012 Forecast of Inventions that Will Change the World Within Five Years « A Smarter Planet Blog (原文)

「オープン・スペース 2011」,「[インターネット アート これから]」展 を聞く

キュレーターの座談会形式のメディアアート関連の話を聞いたところ、意外にもこの前のopen CUのイベントで聞いたような話を聞くことになった。いかにパブリックなデータをパブリックにアクセス自在にしてゆけるか?という話や、インターネット上でのアートコンテンツが今後どのような経済モデルにアジャストされて行くのか?という話を聞いた。

NTT/ICC「オープン・スペース 2011」2、「インターネット アート これから」2、open CU「PUBLIC TALK #2[パブリック×ビッグデータ] 小林啓倫×市川裕康」aで自分が感じたことは3点ある。
· インターネット上の知財は誰のものなのか、公開と公平性をいかに獲得するか
· 新しい「クリエーター」のスタイルがインターネットを包含した世界で構築化されつつある現実
· ビックデータ解析vsキュレーションという2項の対立・協働によってアート活動に限らず進展地が開けてゆくのではないかという視点
である。

1,2点目に関して。

従来、インターネットでお金を取る、コンテンツに対してキチンと対価を支払ってもらうことは、技術的に難しかったし、共通認識として「お金を払ってもらえない世界」「ボランティアでやる世界」「アマチュアとして、もしくは趣味としてやる世界」という認識をもたれていたと思う。

しかしインターネットの世界に巨大なデータが構築されつつあること、それを解析することも可能になっていること、そしてそれを介して自分の創作物(アート・技術・ソフトウェア)を世に問うことが現実感を持ち始めていることからこの世界が整備され始めている。課題は、インターネット上の知財は誰のものなのか、公開と公平性をいかに獲得するか、及び、新しい「クリエーター」のスタイルを構築化することだ。

例えばEuropeana4はグーグルが著作権問題の解決を待たないまま(従来の著作権がその形のまま存続すべきとも思わないが)書籍の電子化に着手していたのに対して、EUが独自に文化資産の電子化と公開の準備を進めた。Data.gov5では公的データをオープンにして、アプリ製作支援を後押ししている。これは小さな政府の実現化に貢献するし、業務のアウトソースでもある(サンフランシスコ市のsfdata6も同様)。コンテンツに対する課金と製作(アーティスト/ソフトウェア開発)活動に対する援助(一種のpatronize)の例としては、Kickstarter7、CAMPFIRE(キャンプファイヤー)8、Grow! – Social Tipping Platform –9などが紹介された。有力なもの幾つかに収束してゆくと思われる。

3点目に関して。

データマイニングなどとして古くからなされてきたビックデータの解析は今大きな注目を集めるに至っている。だがそれは “キュレーションc”という手法とは抜本的に異なるものである。

ビックデータのデータマイニングは多くのデータの中から有用な情報を抽出しようというものである。例えばツィート、ブログ、各種トラフィックデータ、POSデータなどから統計処理などをして社会現象として抽出されてきた挙動である。このプロセスのイメージはバルク的な世界、均質で平坦で局在化していない世界からの情報の抽出をイメージである。

それに対してキュレーションは、「バルクでジャンクなアウトプットの中から有意なもの、次世代のシードとなってゆくものを識者が抽出してくる」イメージだ。「ビオトープ」という言葉も使われているが、コンテンツの世界などにおいては、ますます多様性を持ち始めている。何が有意で何が次世代シードで、何がバルクなのか?とても分かりにくい世界がある。だが有意性は歴然としてあるはずだし、アウトプットは様々な文脈で(様々なパラメータで)「階層化しているもの」として解釈されるべきである。階層というと語弊があるかもしれないが例えば以下のような意味合いだ
· 時代の流れ;インサイト、流行、バズ、“エッジ”
· 社会的・経済的;高級~低級
· 理想的~現実的~依存・ネグレクト的
何をバルク/ジャンクから取り出すのか?方向性、価値付け、意味付けが必要である。ハイエンド~ローエンド的な区切りになるだろうやり方で、そのコンテンツのみでなく、時代の進むべき方向性をも潜在的に考えることがキュレーション、とすら言えると思う。

用語としては時期的にはほとんど差なく登場し、今どちらとも注目されているワードだと思うのだが、どちらも異なる志向性を持っている。これらをどう統合してゆくのか、統合し得ないものであればどのように役割分担する必要があるのか考えてゆく必要がある。

参考;
1.TAB イベント – 「インターネット アート これから―ポスト・インターネットのリアリティ」展
2.ICC ONLINE | ARCHIVE | 2010 | オープン・サロン「オープン・スペース 2010」プレ・イヴェント 「リアルタイム・ウェブの現在とこれから」
3.「[インターネット アート これから]」展 (TOPICCS)
4.Europeana – Homepage
5.Data.gov
6.Data | San Francisco
7.Kickstarter
8.CAMPFIRE(キャンプファイヤー)- クラウドファンディング
9.Grow! – Social Tipping Platform –
10.Amazon.co.jp: キュレーションの時代 「つながり」の情報革命が始まる (ちくま新書): 佐々木 俊尚: 本

関連投稿;
a.aromaphilia: メモ;「PUBLIC TALK #2[パブリック×ビッグデータ] 小林啓倫×市川裕康」
b.aromaphilia: 坂根厳夫「メディア・アート創世記ー科学と芸術の出会い」工作舎 (2010/10/18)
c.aromaphilia: ヘンリー・ダーガー展 覗き見をしても良いのか

*2012/4/13、2つの記事を統合しました。

坂根厳夫「メディア・アート創世記ー科学と芸術の出会い」工作舎 (2010/10/18)

エンタテインメントコンピューティング(EC)20111という学術会議が日本科学未来館(東京)で昨年の10月頃にあったらしい。実はこの学術会議自体を知ったのが、そのイベントが終わってからであった。坂根厳夫は2011年度の招待講演者2であった。

IAMASのホームページ3によると坂根厳夫氏の略歴は、「1930年、青島生まれ。東京大学建築学科卒、同修士。1956年、朝日新聞社入社。佐賀支局、東京本社家庭部、科学部、学芸部記者、同編集委員を経て、1990年定年。同年4月から1996年3月まで慶応義塾大学環境情報学部教授。1996年4月から岐阜県立国際情報科学芸術アカデミー学長、2001年4月から情報科学芸術大学院大学学長を兼務、2003年3月末同アカデミー及び大学院大学退官。1970 – 71年ハーヴァード大学ニーマン・フェロー。新聞記者時代には芸術・科学・技術の境界領域をテーマに取材・執筆、評論活動を行ない、慶応義塾大学ではサイエンス・アート概論、環境芸術論、マルチメディア・ゼミなどを担当。IAMASではメディア文化特論、メディア美学を担当。1976年以降、芸術・科学・技術の境界領域の展覧会企画プロデュースに数多く携わる。ISAST(国際芸術・科学・技術協会)機関誌『Leonardo』共同編集者(1985 – 1996)同名誉編集委員(1996 – )。」3とある。

「魔女の実験室」4にあるような匂いに関するインスタレーション周辺をネット上で検索していると現代のアートシーンでのサイエンス・アートや環境芸術論、マルチメディアによるアートを見ることになる。そんな中、EC2011の特別講演の内容を知り、この人の仕事はどんなものであったか、また彼が長年見てきたアートシーンはどのようなものであったか、知りたくなった。そこで坂根厳夫の「メディア・アート創世記ー科学と芸術の出会い」工作舎 (2010/10/18)5,6を読んでみた。Amazonの解説によると
「1960年代よりジャーナリストとしてメディア・アートの勃興を紹介し、やがてその教育現場を指揮した坂根厳夫。エッシャーから岩井俊雄まで、境界領域アートの半世紀にわたる歴史をたどる。
アナログからデジタルへ、その波を乗り越えた証人として、これほど具体的に、かつ温かいまなざしで時代を俯瞰できるのは、坂根さんしかいません。(中谷芙二子(霧の彫刻家))」5
とある。

なおU-streamには特別講演の内容など幾つかアップされている7ので、その人柄や彼の見てきたアートシーンの一部をうかがい知ることが出来る。

参考;
1.エンタテインメントコンピューティング2011 | EC2011
2.招待講演 | エンタテインメントコンピューティング2011
3.坂根厳夫(さかね いつお)
4.魔女の実験室
5.メディア・アート創世記
6.メディア・アート創世記/工作舎 ISBN-10: 4875024320 ISBN-13: 978-4875024323
7.Ustream.tv: ユーザー amcgeidai: 坂根 厳夫 先生 2/2「科学と芸術の融合を模索した半世紀 ー境界領域を追った回想録をもとにー 2011/6/23, 講義:芸術情報特論 A 日時:2011年6月23日 (木) 5限 (16:20~17:50) 場所:美術学部中央棟第一講義室 (地図) …
*.情報処理学会デジタルコンテンツクリエーション研究会

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以下に自分として気になる項目に関してメモしておく。

(p.77)1990年に朝日新聞を退社した坂根氏は武蔵野美術大学と慶応義塾大学SFCから教員として要請されたという。退社後は慶応SFCで「現代芸術論-サイエンスアート概論」や「環境芸術論」として講義を持ち、創作活動を指導したとのことである。退社してからが正にアートの教員生活がスタートしたといえる。慶応SFCの後には岐阜IAMASに移り、理系と文系の混在する環境の下、技術と芸術の境界領域を正に立ち上げた。同時期、「けいはんな学研都市」の研究機関ATRで科学技術と芸術をコミュニケーションで繋ぐ可能性を模索するために国際シンポジウムにも参加している。

(p.105)彼が朝日新聞の芸術関係の取材で積み上げてきた技術と芸術の境界領域の歴史が述べられている。科学と芸術の相克を超える思索と試みは坂根氏の以前から行われており、例えばフランク・オッペンハイマーの「エクスプロラトリアム」は大きな契機になったと述べている。今まで科学技術史上の歴史的な展示物を並べるのではなく「新しい手法による展示を通じて体験学習が可能となるミュージアム」を作ろうとしたのである。この潮流は70年代以降、世界の多くの科学博物館に影響を与え、そしてアートとの境界領域の作品まで展示するところも増えてきた、としている。

(p.151)坂根氏の見続けてきた境界領域のアートは、出現当時からそれらアートのジャンルそのものが認知されていたわけではなく、現代美術史の中ではっきりと定義されているとは言えない。70年代以降には次々に新しい境界領域のアートが生み出されるようになってきた。坂根氏はこれらの作品に使われている技術や科学的コンセプトの違いなどから、便宜的に大まかな分類を試み、各ジャンルに関して代表作を紹介している。20世紀前半に登場していたアートのジャンルもあるし、重なり合うものもあるが、と坂根氏は注釈つきで紹介している。(この中に「匂いのアート」というカテゴリも紹介されている)

(p.181)無限音階の錯覚を利用したレコードの話。錯覚を利用して人の関心をひきつけるというのはなかなか面白そう。

(p.211)ホログラフィアートが以前は盛んだったのだが、現在に至っては衰退し、より簡便になった3D作品が多くなっているようである。コンピューターの処理能力が向上し作成が容易になったことや、ホログラムよりも迫力ある立体視メディアが登場してきているから、ということである。

(p.258)センソラマ、五感体験型のゲームとして1955年に登場したが、嗅覚にも働きかけるものであったらしい。

(p.292)交流電流の微妙な時間変化に応じて振動が起こって音を発する作品や、脳波の信号を使って楽器を奏でる脳波音楽や、オーロラの光を元に音楽に仕上げる作品などの試みが為されている。一種の現象芸術的な試みでもある。

(p.353)世界の人口増加と技術革新と、破綻を避けて生き延びるためにはシフトが必要…現代の芸術はこのような観点をも包含しているのであろう

12/1/7 Coffret Project「香りと物語」 に飛び入りしてみる

フランスの香水のメゾン L’Artisan Parfumeur の香水を色々見せてもらいながら、調香師の目に映る世界、心の中に広がる印象を見てみましょう、というCoffret Project主催の香りのワークショップが1/7にありました。丁度j-waveを聞いていたら、主催者で代表の向田さんが番組参加してイベントを告知していたのを聞いたのです。

Coffret Projectは、「世界中の女性がより自由にそれぞれの可能性を開花させることができる世界の実現を目指して化粧を切り口に、国境や人種、言語の壁を越えて人々が喜びを分かち合う」ことをめざそうとする非営利団体のようです。Coffret Projectの活動は
1)Workshop~お化粧ワークショップ
2)Collection~化粧品の回収…日本において、あまった化粧品を1)のWorkshopに利用
を主にしているとのこと。今回のイベントも収益は活動運営資金として利用するとのこと。

自分が元々、香りに関する勉強をしたいと思った背景には、「香りが人々にイメージを引き起こさせるその作用とは何なのだろう」という疑問があったのです。このWSではラルチザンパフュームの香りを試しながら、その香りの世界を参加者でディスカッションしながら、最終的にはラルチザンパフュームのスタッフが解説してくれる、ということで面白そうだなぁ。と。

香水は色々なパートの配合で一つの作品になっています。トロピカルフルーツのイメージがし出てきたり、マグノリアやオーキッドといった花の香りが出てきたり、しっとりとしたアーシーな香りに石の古代遺跡のイメージを感じたり。その香水が漂ってきたら、どんな風景が思い浮かぶのか、食べ物や雑多な市場かもしれないし、海辺や森の中かもしれないし…。「旅先で出会った突然の雨や、一度きりの待ち合わせ場所…。旅の大切な思い出を香りのエッセンスに置き換え、物語を綴る」…ラルチザンパフュームの香りは挑戦的な香りかなと思うのですが、独自の世界を覗く事が出来て、なかなか面白かったです。

参考;
1.コスメで仕掛けるすてきなこといろいろ〜Coffret Project » 1/7 Sat. 香りと物語 vol.2
2.ラルチザンパフューム ジャポン / L’Artisan Parfumeur Japon

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特に気になった香水をちょっとメモしておきます。(勝手なことを書きます)

Nuit de Tubereuse(ニュイ・ド・チュベルーズ)~月の花~
…パリの夏の宵の初めのイメージとのことで、そう言われるとなんだか納得した感じの香調です。どうも入浴剤的な粉っぽさはクマリンとかのためだと思います、そんなに底の方が固めらていない感じで、しゅわしゅわしたサイダーのような発泡感を感じました。「官能的」という言葉が出てきていましたが、ワインで言うとフルボディではなくライトボディ、赤ワインというよりはロゼ(白というほどキリリとしていない)、脱力した色気のようなイメージなのでは?と思います。

TRAVERSEE DU BOSPHORE トラベルセ ドゥ ボスフォール― イスタンブールの空 ―
…とても面白い香調。今回見せてもらった中で、個人的には似合う人を探したくなる香りでした。エキゾチックで乳白色のイメージ(その乳白色さはキャンディ「花のくちずけ」のイメージです)。参加者の方々からは結構年配の女性に似合うという意見も出てきましたが、30代前半の男の人でも面白いのかも。淡いパステルカラーの空、もしかしたらトルコ石のような水色、時々とても不透明なピンク色にも感じる。

一番最後のコーナーは、自分の実際に行ってみたことのある・自分の想像上の土地を作文してみて、どんな香りが作れるかイメージしてみましょう、というコーナーでした。「宇宙の香り」という話とか、ギリシャで倦怠期の妻が出会ったプラトニックな恋に落ちてしまった現地の男性の匂いとか(この人の話は面白かったです)。

自分は一度だけ行ったことのある、「オーストラリアのシェルビーチ」の話を提案しました。せっかくなのでここでご紹介します。

「オーストラリア西の都市パースから北の乾燥地帯へ向かっていくと、インド洋に面したところにシェルビーチという場所があります。見渡す限り白い貝殻しかなくレンタカーを降りてその会で出来た、砂丘のような丘を歩いて海辺まで行こうとすると、貝を踏む自分たちのパリパリという足音と吹き抜けてくる風の音しか聞こえません。空は抜けるように青く、海も物凄く青く、海辺は静かな波音だけが聞こえていました。世界の果てがあるとしたら、こんなに綺麗で静かな場所なのではと思いました。」

参考;
3.ラルチザンパフューム ジャポン / L’Artisan Parfumeur Japon Nuit de Tubereuse
4.ラルチザンパフューム ジャポン / L’Artisan Parfumeur Japon TRAVERSEE DU BOSPHORE
5.シェルビーチで白い貝殻のビーチから時の流れを感じる | 西オーストラリア 秘境ガイド | カンタス航空

メモ;第11回 アロマ・サイエンス・フォーラム2010 (2010.10.1)

「第11回 アロマ・サイエンス・フォーラム2010(2010.10.1)、メイン・テーマ アロマルネッサンス:匂い・香りのデジタル化による嗅覚情報通信技術の最先端のいま」1、このフォーラムに関して、見落としていたので、情報収集してこようと、九段下の「香りの図書館」2に行ってみた。このフォーラムにおけるテキストは購入可能なのだが、内容を閲覧してみた。

実は現在、フレグランスジャーナル社の「アロマリサーチ」3で「第11回 アロマ・サイエンス・フォーラム2010(2010.10.1)」での公演内容の紹介が記事化されている(No.46以降)。内容に関しては雑誌の方で確認することにした。また登壇者に関して学術論文など、どのような著作があるのか別途調べてみなくてはいけない。

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登壇者
(独)産業技術総合研究所関西センター尼崎事業所 佐藤孝明
東京大学大学院情報理工学系研究科 谷川智洋
九州大学大学院システム情報科学研究院 都甲 潔
東京大学大学院情報理工学系研究科知能機械情報学専攻 廣瀬通孝
東京工業大学大学院理工学研究科電子物理工学専攻 中本高道
沢工業大学工学部ロボティクス学科(高度材料科学研究開発センター兼任) 南戸秀仁
東海大学情報通信学部情報メディア学科 伴野 明
(独)情報通信研究機構(NICT)ユニバーサルメディア研究センター超臨場感システムグループ 安藤広志

また近々、「NICT新ビジョン発表会 -第3期中期計画/災害とICT-」開催のお知らせ(開催日:11月9日?)4というのがあるようなので、潜入できたらしてみる(2010年度のCEATECには嗅覚関連も展示があったらしいが2011年度のCEATEC5は展示が絞られた)。あと、開催中だが、日本科学未来館で行われているデジタルコンテンツEXPO6も気になる。

(なんだか、する事もたくさんだ)

参考;
1.フレグランスジャーナル社|セミナー・イベント|アロマ・サイエンス・フォーラム過去の開催内容
2.フレグランスジャーナル社|香りの図書館
3.|雑誌|アロマリサーチ|フレグランスジャーナル社
4.イベント&トピックス | 「NICT新ビジョン発表会 -第3期中期計画/災害とICT-」開催のお知らせ(開催日:11月9日) | NICT-独立行政法人 情報通信研究機構
5.超臨場感コミュニケーション産学官フォーラム(URCF)
6.デジタルコンテンツEXPO

(備忘録)「そうい~sow.I」体験型イベント 『茶の湯・花・酒・うつわ』(柳橋Lucite gallery)

先週末、隅田川ほとりの市丸亭をほぼそのままにギャラリーとした建物でのワークショップを覗きに行った。テーマは焼物、華道、茶、日本酒の若手によるコラボレート展で、木造建築であるルーサイトギャラリーの2階からは隅田川が望め、なかなか趣のあるワークショップであった(遅くなってしまったが印象に残っているのでぜひアップしておきたかった)。

いずれの出品もアバンギャルドな感じ。茶道も点前主はかなり若い人3人だった。華道はどのように新しいのか、どんな人が出しているのかはちょっと判らなかった。焼物のほうはまだ無名で、いろいろなところに出品活動を開始したくらいの年齢層の人たち。お酒のほうはかなり生酒、濁り酒が多く、利き酒師を中心に据えて利き酒などをして遊んでいた。その新作の焼物を使って日本酒を味わえるというのが面白いところだったようだ。そもそものこのルーサイトギャラリーでのイベントの4分野に対して呼びかけを行ったのは畳職人さん。年齢は自分よりも年上だが5歳も離れていないと思う。その方がツィッターを中心に呼びかけたようである。進行スタッフも大部分無償奉仕的なツィッターのフォロワーだったようである。

なおこのイベントの企画運営をしていた団体「sow. i.」はこのルーサイトギャラリーでの今回の週末のイベントが初回イベントだったようである。集まった高い感性とおしゃれな空気が漂っていたように思う。イベントの初回、コミュニティの立ち上げというものは良い。なんだか大学の茶道部のコンパにふと紛れ込んだときの感触を思い出した。みんな洒落で穏かで知識も感性も高そうで…。かといって行動力がない感じなどは全く無く、集まったら皆で楽しくお喋りしながらコミュニティの出し物を作り上げてしまうかのような感じ。

自分は大学の頃には茶道部の中核メンバーではなかった(半分幽霊部員だった)が、部活の雰囲気は好きだった。あまり役になってはいなかったけど、何となくのグルーブ感は感じていた。先日のギャラリーでのイベントではほとんど話さなかったから人々の雰囲気しか感じられなかったけれども、ツィッターでラインを追って空気を感じていたいなぁ、と思う面々だった。タイミングが合ったらまた出かけてみよう。

そうい – sow.I …イベント概要
oppe3rd の Twitter …呼びかけ人の畳職人さん
ルーサイトギャラリー …会場(ギャラリー)

ヘンリー・ダーガー展 「承認ゲーム」、ガラクタ、キュレーション②

現代という時代において、プロフェッショナルの作品よりも、内輪で楽しむためのアマチュア作品、従来は価値を見出されていなかった分野での作品つくり、自分のために創作する、他者に見せるためではない作品作りに重心が移動しつつある。もしかしたらキュレーターにより、時代のスポットライトが当てられルかもしれない。

だがスポットライトが当てられていない状況下では?

趣味で絵や音楽を作る人々、自分のように、確固とした立場を持たないブログ製作者などは作り続けても書き続けても収入には繋がらないし、見る人もわずかな家族や友人のみ、専門的過ぎる場合には自分しかその価値が分からないまま作成を続けている場合もある。そんな状況はヘンリー・ダーガーの作品製作の状況とほとんど同じである。これらはガラクタなのではないか?ガラクタばかりが、このヘンリー・ダーガーの死後アパートに残されたようなものばかりが、この世界を埋め尽くしてしまうのではないか?そう感じてしまったら?

そもそも芸術に限らず作品には2つの特性があると考えられていた。周囲に向けた発信と、自分の中で何らかのものを練り上げる過程だ。人間は感じ、考え、そして発信をする。理解のために必要な消化活動、理論的な思考、共感、自分の為している事は何なのか、成そうとしていることは何なのか、考え発信すべきではないのかと思った。

だがそのような対比は不要なのではないか?自分の発信するものを全て理解している必要などそもそもないのではないか?個人が自分自身をコーディネートさせ調和する必要がなくなりつつある、とおもう。コーディネートはキュレーターが為し、感覚と理性を摺り合わせて調和してあげればよいのだ。アウトサイドもインサイドも緩やかに繋がり、そのような区分けは無意味化する。

「個人の自由」とか「社会の承認」とかかつてからある成熟した社会人の特性全てを個人個人が内在化する必要性が低下しているのはないかと思うのである。緩やかな他者とのつながりの中で、自分の中で処理しきれない単発的な情報も、作品も、そして感情や感覚すらも発信することで意味を与えられたり、助けられたりしていくのではないだろうか?

ガラクタなのか作品なのか、周囲に向けた発信なのか自分の中で何らかのものを練り上げる過程なのか、その境界はどんどん曖昧になるだろう。人々の単発的な情報も、作品も、そして感情や感覚すらも世界の中に漂い始め、それらは発信者の意図からも理性からも感覚からも自由に、自由にくっついたり、意味でタグ付けされたりとクラスター化してゆくはずだ。そこには覗き見だとか恥だとか旧来の次元での感覚は薄れてゆくのではないか?

社会の総体として、より多くのものが理解され、より多くのものが共感され、知識が蓄えられ、「価値ある行為」が為されるのであれば、個人個人が他社の視線を内在化する必要性もないのかもしれないし、すべての人に承認される必要なんてないのではないか?「価値ある行為」と「空虚な承認ゲーム」という二項対立なのではないと思う。それよりも優しい関係を大切にしながら、社会の総体として多様性を保持し、より深く、より広く、より多角的な世界を作ってゆく方向へと向かっているのではないだろうか?

もちろん自身の理性、感性、知を高めて行くことは必要だ。そうすることによってより深く、より広く、より多角的な世界を作ってゆく方向へ貢献できるはずだからである。

参考
1.TAB イベント – ヘンリー・ダーガー 展
2.「認められたい」の正体 ― 承認不安の時代 – 情報考学 Passion For The Future
3.Amazon.co.jp: キュレーションの時代 「つながり」の情報革命が始まる (ちくま新書): 佐々木 俊尚: 本

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現代という時代、特に日本を始めとする先進国において、「社会とコミュニケートできている/社会とコミュニケートできていない」の境界は更に低いレベルのものになっているように思う。インターネットの発達により、以前ほどの量の社会的コミュニケーションを取らなくても必要な物資は入手可能になってきており、インターネットの発達により、同系統のタイプの人間同士での共感が容易になった結果、共感できない他者とのコミュニケーションを避けても短期的には問題が無い状態になった。そして自由であること、多様性があることへの手放しでの礼賛。この結果、「社会とコミュニケートできている/社会とコミュニケートできていない」の境界は更に低いレベルのものになっている。

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ブログ「情報考学 Passion For The Future」1)では新書「「認められたい」の正体 ― 承認不安の時代」2,3)の内容に関して

「著者は、価値ある行為を行う、それに対して、他者から承認を受ける。この基本ルールが人間の成長につながっていたという。子供はまず親による親和的他者の承認から価値を学び、やがて仲間や学校における集団的価値を学び、社会一般の価値を学んでいく。そして人間関係が広がるにつれて「一般的他者の視点」を身につけて成熟した社会人となる。

だが現代では見知らぬ他者の承認を意識から排除して、身近な人々の言動ばかりを気にする。ソーシャルネットワークの内側に閉じこもることが容易になっていることもあるだろう。インターネットは世界と向き合うこともできるが、逆に仲間内に閉じこもることもできる。著者は、「価値ある行為」よりも、内輪の空気を読むコミュニケーションに終始する「空虚な承認ゲーム」の時代になった、と現代を定義している。「個人の自由」と「社会の承認」の葛藤ではなく、「個人の自由」と「身近な人間の承認」の葛藤。価値観の相対化という時代の波のなかで、多くの人が自己価値を確認する参照枠を失い、自己価値への直接的な他者の承認を渇望している。

著者は、道徳的価値(「努力」「やさしさ」「勇気」「忍耐力」「ユーモア」)を足がかりに一般的他者の視点へと至る道が重要、と提言している。」

と纏め、反面、

「この問題、あまり心配するようなことではないのかもしれないとも思う。優しい関係を大切にするようになったことは悪いことではないし、これに対する反動が昨今の若手の社会起業家活動の背景にあるようにも思える。

若者の価値観の多様化と普遍的価値観の喪失を嘆くのは、自分たちの声が届かなくなることに対する古い権威たちの嘆きだともいえるだろう。」
としている。

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現代という時代において、プロフェッショナルの作品よりも、内輪で楽しむためのアマチュア作品、従来は価値を見出されていなかった分野での作品つくりにより強くスポットライトが当てられているように思う。自分のために創作する、他者に見せるためではない作品作り。作品つくりの手法もだんだん変わっていく。従来の見方で測れば完成度や成熟度が足りなかったり、全く文法が違うために理解に苦しむ完成度、洗練度を持ったりしている。そしてそれらは大概、一般の人々に受け入れられるような紹介文は付いていない。ガラクタ?混沌化が進み、バルクの情報ばかりが増大しているかに見える。

そのような状況であればこそ、プロ・アマの境界の薄くなった広大な作品群に対してそれらを整理、体系化、そして一般にも理解されることを促進するためにキュレーション4)が重要なポジションになっている。そしてこの流れはアートの重心をシフトさせていくことにも繋がる。今までのプロフェッショナルばかりでは誕生してこないであろうアートが生み出される可能性もある。
「価値ある行為」よりも、内輪の空気を読むコミュニケーションに終始する「空虚な承認ゲーム」を生んでいるのも現代なら、新たな作品とキュレーターを生み、時代のクリエートを強力に推進するのも現代なのかもしれない。(続く)

参考
1.「認められたい」の正体 ― 承認不安の時代 – 情報考学 Passion For The Future
2.Amazon.co.jp: 「認められたい」の正体 ― 承認不安の時代 (講談社現代新書): 山竹 伸二: 本
3.山竹伸二の心理学サイト | 臨床心理学,精神分析,心理療法,カウンセリング,哲学
4.Amazon.co.jp: キュレーションの時代 「つながり」の情報革命が始まる (ちくま新書): 佐々木 俊尚: 本

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