(研究テーマ) 生体における香りのコーディングを解析し、香りの近似技術を確立する 2/3

『要素臭(の開発)』というテーマを当初立ち上げていた。考えていることが大きく変わったわけではないのだが、より同業者にとって正確に自分の研究 内容が伝わるような表現、『生体における香りのコーディングを解析し、香りの近似技術を確立する』と言う言葉、で研究を推進したいと思っており、そちらを なるべく使用するようにする。ホストゲスト科学を考慮した生体の嗅覚受容に関しての知見を述べる。
生体の嗅覚知覚の仕組み

香気物質は揮発性の有機化合物である。通常の香気は単一の香気物質によって構成されているわけではなく、混合物としての化学刺激を生体は受容している。混合 物は複数種類の香り受容体によって受容され、複合的なセンシング情報が脳に送られ、パターンマッチングのような香り認知が起こっていると考えられる。(さ らに言うと単一の香気物質であっても香り受容体はそこまでシャープな高選択性を持たないし、重複して同一種の香気物質に対して複数の受容体が神経応答を発 す る、脳内には結局複合的なセンシング情報が送られる) ホストゲスト科学の観点からも、ゲスト分子構造と照らし合わせ、この様な挙動になるであろう事は想像できる。

嗅覚の形成を分子生物学的に、例えば哺乳類について見てみると、生物には無数の遺伝子情報を持っており、その中にはGPCR系のたんぱく質の遺伝子があ る。この遺伝子のうちいくつかは休眠遺伝子であり発現しない。またいくつかのGPCRは嗅覚以外の場面で発現する(例えば鋤鼻器でのフェロモンレセプター としてや精子にもGPCRが発現し、卵子に向かって動くときの方向づけに役立ったりする)。そして一部のGPCRは一般臭の受容蛋白質の構造情報となって いる。遺伝子はRNAに転写され、転写されたRNAから受容タンパク質が合成される。合成されたたんぱく質は実際に作用する高次構造を持っていないポリペ プチドと考えられる。このポリペプチドは(おそらく数段階の)後修飾を受け、細胞膜に埋め込まれ、嗅覚受容タンパクとして機能することになる。この様な嗅 覚受容タンパクについての遺伝子は生物種によって種類が異なる。マウスの場合は1000種類ほど(要検証)、人の場合では300種類ほどという研究結果が出ている。以上が嗅覚の分子生物学的な説明である。

嗅覚を神経科学的に見てみると、嗅覚受容タンパクの種類数はマウスの場合は1000種類ほど(要検証)、人の場合では300種類ほどという研究結果が出て いる。一つの嗅覚受容細胞(=神経細胞)あたり単一種類の嗅覚受容タンパクが発現する。一般臭に対する嗅覚受容体は鼻の奥の嗅球に発現すると考えられ、こ こに複数とおりの嗅覚受容細胞が無数に発現、それらは神経軸索が伸び、相互作用しながら嗅球として機能する。無数の神経細胞からなる嗅球からは無数の神経 軸索が脳にのびていて、この様に嗅覚情報は同時並行して伝達される神経信号として脳に転送されている(この説明は大雑把過ぎるのでもっと詳しい話をリンク する)。それぞれの嗅覚受容細胞でのGPCRの働きは、匂い分子の受容、それに伴い細胞膜内にGTPをリリースし、その後数段階の反応を経てイオンチャン ネルのオープン、電位の変化が神経信号として働く(この説明は大雑把過ぎるのでもっと詳しい話をリンクする)。嗅覚受容細胞の挙動を観測した結果、フェロ モンのような基質特異的な応答ではなく、ブロードな応答を示す。

再び、ホストゲスト科学の観点から、嗅覚受容細胞のブロードな応答について考えると、ゲストの包摂挙動において、複数の水素結合のような認識部位が必要となる。 加えてエステルや脂肪族化合物はゲスト分子として構造がリジットではないので、そもそも高い選択性は発現しにくい系である。このための複数の嗅覚受容体に よって認識された結果を総合的に解析することで、匂いの質を脳で理解することを可能としているのだろうと思われる。これは生物進化の結果であり、(ここか ら先は自分の独断なのであるが)特殊な認識可能・高い選択性が実現可能な潜在性のある分子がフェロモン候補物質として機能するようになったのではないか、 と考えられるのである(具体的には、セスキテルペンやステロイドはリジットな構造を持っている、官能基も多く持つことができる)。

純然たる理学であるホストゲスト科学で、香気受容体の挙動が解析できるのか

ホストゲスト科学はその時点においては、そこまでの実用性はないものだった。ある程度のパースペクティブ(将来的 な化学という領域の進むべき方向性への俯瞰)をもたらしたが、ホストゲスト科学をベースにして工学的な応用を検討するとか、その挙動に関して物理化学的な 手法で定量化し、ホストゲスト挙動に対しての理論的検討を行うとか、モデル的なホストゲスト科学の理論研究・実験を通じて生体の分子挙動を解釈・シュミ レートするとか、そのような広がりはなかなか構築されなかった。

研究開始時点に置いてはたんぱく質の構造計算と純然たるホストゲスト科学の考え方で要素臭が 抽出できるのではないか、と考えていたが、常温という熱的環境・大規模分子・凝集系環境の計算の困難さからそれは不可能ではないか、という結論をもっている。

1. aromaphilia: 自分の研究、自分の役割
2. aromaphilia: 香気の受容系におけるコーディング、とは?
3. aromaphilia: 現状の研究興味 (研究室外のテーマ)

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